私は三銃士と言うメンバーが3人しかいないLINEグループで、よく自分の人生の近況を話す。なぜ三銃士と呼ばれているのか、もう思い出せないが、大学生の時のクラスメイトの中で特にハズレものだった3人が集まったグループであることは間違いない。彼らと私の関係は不思議だと思う。仲が良さそうに見えるし、それは事実ではあるが、私にとっては学生時代1番喧嘩をした2人でもある。

 

当時の私はどこの誰のものかも、わからないSNSの投稿1つに対して強い怒りを感じたり、また自分とは全く違う他人の人生の1つの選択に対して、ものすごく異論を唱えたりしていた。そういう一つ一つの怒りに対して、真っ正面からぶつかってくれて、議論をしてくれたのがこの2人だ。

 

2人も私と同じように、一つ一つに怒りを感じていたのかもしれないと、当時を振り返って思う。そうではないと、あんなにひねくれて強い灼熱の怒りを持つ怪獣である私と正面からぶつかる事はできないだろう。

 

怒りと言う感情は、自分の中にある秩序や正義と呼ばれるものと異なるまたはそれに反した行動を行った人に対して持つ感情だと思う。自分と他人の区別がうまくつかなくて葛藤をしていた年代にはよく感じたもの、そして当時のお互いの怒りをぶつけ合っていた。

 

彼らは、その時の1時点で見ると、私の1部であったし、私も彼らの1部であったかもしれない。その境界線が曖昧な過去を経て、今は全く別々の他人としてギリギリ観測可能な範囲から干渉している。

 

宇宙では、惑星が大きな隕石の衝突で一度バラバラになって散り散りになっても、長い年月をかけて万有引力でギューと集まり、元の性質とはちょっとだけ変化した惑星に戻るらしい。その際に取り残された破片が、また万有引力で引き合い、小さな星になる。その星は、その惑星の衛星として惑星の周りを回る。ひとつの惑星の衛星たち、きっと私たちの関係性と近い。