全身麻酔をした

朝の六時から動き始める。まずは手の甲に点滴をするとき用の麻酔テープを貼ってもらう。着替えたり細かい検温などを済ましてあとは面会に来てくれた家族と話つつ待つ。全身麻酔の手術の際には家族の同行が推奨されているらしい。九時前、歩いて手術室に向かって自分で手術台に横になる。心電図や脳波の測定器を取り付けられる。左手の甲に点滴の針が刺される。チクッとしたけど麻酔のシールが効いていて予想以上の痛みはない。「これ針って抜けないんですか?」「柔らかい針になっていて抜けないんですよ〜」点滴という技術が社会に与える恩恵はいかほどなものかと思いを巡らせていた。看護師さんの「痛み止めの薬を入れますね〜ふわっとします〜」の声、すぐに、目の奥がふわっとしてきて視界がぼんやりして目の前にある時計が歪んで見える。ほぅこれが麻酔かやはり文明の利器は素晴らしいな、と人類築き上げた医学の成果物を評価していると、麻酔の先生から「これから麻酔を入れます、ちょっと痛みますよ〜」との声がする。あれ、さっきのは麻酔じゃないんだと思ったのも束の間、本当に痛いものが左手の甲、手首、肘、腕と登ってくる。痛い。痛みを他の感覚で例えると、臭いは間違いなく刺激臭で、透明に見えるけど色は黄色とか赤いもしくは、茶色の色をしているような痛みを伴う、おそらく無味無臭の液体が体内に入ってきた。物理とか生物的な痛みではなくて、これは化学的な痛みだなとよくわからないことをはっきり感じたのを覚えている。間違いなく今まで感じたことのない種類の痛みで身体の内側から何かに侵略されているような。目の前の歪んでいく手術室の掛け時計をみながら「ますい...これ...ちゃんと...かかってますか...」とか「えっ...呼吸が...息が...苦しいです...」とか自分の身体に起こっている緊急事態を必死で報告するも、動じない大人たちをみて、白状に感じつつも、彼らにとっては普通の事態、つまりうまく機能しているんだなと安心した。次の瞬間、口の中が焼き魚臭かった。サンマの塩焼きを食べた後のような後味の悪さだった。「意外と小さかったですよ〜」と看護師さんの声がした。口臭の異変を訴えたら、「焼いたからだと思いますよ」と機嫌の良さそうな声が聞こえた。ていうかもう終わったの全身麻酔やばくない!?と心は興奮しつつも、次の意識の浮上は自分の病室と自分のベットだった。どうやってここに戻ってきたのだろう。家族や看護師さんとその都度いくつか受け答えをしたが、自分でもびっくりするくらいハキハキ喋れた。喉に異物感があるが、痛みはなかった。のちに気付くことではあるが、これは麻酔で痛みを感じていないだけだった。いくつか行った受け答えも連続的な記憶としては存在しておらず、朦朧とする連続的な意識の中で瞬間瞬間だけ覚醒して、会話をしているみたいだった。風邪をひいた時みたいに出た熱、混濁した意識、喉の痛み、飲み込めない唾液、腫れて難しい呼吸、浅い眠り、それらの中をうつろいでいた。